小品いろいろ
[2025/1/16]
【61】「Think clearly」を読んで―その2―章の並びの不思議
AMAZONでこの本を検索し、カスタマー・レビューの欄を見てみると、979件もの投稿がありました(2026/1/15の時点)。これはかなり多いです。
ロルフ・ドベリ著 安原実津訳 Think clearly サンマーク出版 2020年6月 初版第28刷
評価点も5点満点中の4.2で、これもかなり高いです。
その中で、一つのレビューが気になりました。"29年目"さんの投稿で、一部を引用します。
先に英文で読みました。日本語訳はとてもこなれていて読みやすく熟練の技を感じましたが、英文で読んだ時の内容の鋭さが無くなり、すべからく常識的な話しに丸められてる印象を受けました。
(中略)
本書は、英文や原文と照らし合わせながら読むと理解が深まると思います。
原著はドイツ語ですので、私には手が出ませんが、英文ならなんとか読めそうです。
英語訳のKindle版(*)を購入して読み出すと、とても困惑することが出てきました。
(*) Dobelli, Rolf. The Art of the Good Life: Clear Thinking for Business and a Better Life (English Edition) . Hodder & Stoughton. Kindle 版
章の並びがかなり違うのです。
例えば、日本語版の第1章は英語版を探すと、.....なかなか見つかりません。やっと見つかった場所は第39章です。
第2章はどちらも同じです。
日本語版の第3章は英語版の第48章です。全52章ですから、最後に近い章が先頭に来ています。
原著はドイツ語で、これに対して、英語訳と日本語訳があるのです。
ドイツ語版の原著がどうなっているのか、が気になります。ただし、ドイツ語版はどうやったら手に入るのかが疑問ですし、そもそも私はドイツ語は読めません。ドイツ語のテキストがデジタルデータとして手に入れば、翻訳サイトの助けを借りて、少量なら日本語訳がわかります。
そうこうしているうちに、著者のサイトがあることがわかりました。"https://www.dobelli.com/"です。
そこを見ると、"BUCHER"というタイトルがあり、これは"BOOK" だろうと見当が付きます。
"BUCHER"に入ると、著書の紹介らしく、本のタイトルが並んでいます。その中で、"Die Kunst des guten Lebens"という本の説明に、"52 gedankliche Werkzeuge"とあります。翻訳ソフトの助けを借りて日本語に翻訳すると、"52の精神的なツール"になり、この記事で取り上げた本と合います。
なお、この原著のタイトルは、本書の"訳者あとがき"に書かれていることを後で見つけました。
そこで、Amazonの洋書としてこのタイトルの本を探すと、検索できました。Kindle版で1,980円、ハードカバーでは、中古本で5,843円が最安です。結構高価ですね。翻訳サイトの助けで読むしかないので、ちょっと厳しいかな、と思いました。
Amaconなので"サンプルを読む"が利用できますので、さっそく読んでみました。
最初に現れるページは、"VORWORT"とあります。"Forward"、つまり前書きでしょう。
次は、"1 MENTALE BUCHHALTING"というタイトルで、"メンタルな会計"です。これは英語版の第1章の"Mental Accounting"に対応しているものでしょう。
日本語版ではこの内容は第4章に出てきます。
次は、"2 DIE HOHE FERTIGKEIT DES KORRIGIERENS"というタイトルで、本文のところに、"Flieger von Frankfurt nach New York"という文章があり、日本語版でも、第2章にある「フランクフルト発ニューヨーク行き」というところに一致します。英語版では同じく第2章に、"London to New York"というところがあるのに対応するでしょう。英語版なので、フランクフルトをロンドンに変えたもので、ここは日本語版の方が原文に忠実です。
第3章は、"3 DAS GELUBDE"というタイトルで、本文に"Jahr 1519"とあり、そのあとに"Cortes", "kuba"などの単語があり、英語版の第3章の"In 1519 the Spanish conqueror Hernán Cortés reached the coast of Mexico from Cuba."に対応していそうです。
日本語版では、このことは第6章に出てきます。
第4章は、"4 BLACK-BOX-DENKEN"というタイトルで、"Comet 1"という言葉があります。"Comet 1"とブラックボックスの話は英語版では原著と同じ第4章に、日本語版では第7章にあります。
第5章は、"5 ANTI-PRODUCTIVITÄT"というタイトルで、英語訳の第5章の"COUNTERPRODUCTIVITY"に対応するものでしょう。日本語訳では、この用語は、第8章の先頭からしばらく後に"半生産性"という言葉で現れます。
第6章、第7章についても、英語版では第6章、第7章に対応し、日本語版では第9章、第10章に対応します。
サンプルとして読めるのは、この第7章まででした。
原著での第7章までを見た段階では、章の並びは原著と英語版では同じでした。日本語版での章の並びが英語版のどの章に対応するか、ということを見てみると、違いが確実にあります。
どうやら、原著と英語版は章の並びが同じで、日本語版は違っていると考えて「よさそう」とまで判断するのは無理がありますが、とりあえずそのように仮定して進めていこうと思います。
次に、日本語版の各章が英語版のどの章から持ってきたものか、ということを調べると、最初の7つの章は以下のようになりました。
39, 2, 48, 1, 10, 3, 4
日本語版の第1章は英語版の第39章から、第2章はそのまま第2章から、第3章は第48章から、第4章は第1章から、第5章は第10章から、第6章は第3章から、第7章は第4章から、という具合です。
そもそも、ドイツ語と英語は、言語系統がインド・ヨーロッパ語族に所属していて、言語として近いもの同士です。ですから、翻訳に当たっても、そのまますんなり訳せるという面があると、私は思っています。
かなり昔、大学で1年間だけドイツ語を勉強していたことがあり、その時に"Ich bin jung und du bist auch jung"という、簡単な文章に出くわしたことがありました。
「私は若い、そして君もまた若い」という意味ですが、英語なら"I am young and you are also young"で、単語の並びから、個々の単語までよく似ていて、この調子なら外国語の習得も楽だなあ、と、欧米人をうらやましく思ったものでした。
これが日本語となると、かなり特異な言語で、構文、文字、単語、発音など、なにからなにまで違っているのです。ですから、翻訳となると、いろいろと説明を付けないとわかりにくく、あるいは誤解を生む、ということになりがちです。
例えば、上でふれた、"フランクフルト発"を、英語訳では"ロンドン発"としていて、このやり方を日本語訳に当てはめると、"成田発"になります。でも成田発と訳してあったら、「どうしてドイツ人が成田を持ち出すのだ」と不審に感じることでしょう。一方、英語訳なら、"ロンドン発"となっていても、違和感はないと思われます。
もっとも、英語訳で"フランクフルト発"としてあっても何の違和感もないでしょうね。「フランクフルトとはなんのことだかわからないが、ロンドンならわかる」、という人はほとんどいないでしょうから。
英語版は入手しているので、日本語版と英語版の章の並びを調べてみました。
以下がその結果です。1行目に日本語版の章、これは1から順番に並んでいます。2行目は英語版で対応する章番号です。
一番下の行は、日本語版と英語版の章番号の差分です。この値がマイナスの値であれば、その章は前倒しで配置されている、プラスの値であれば、その章は後ろ倒しで配置されている、ということを示しています。さらに、この値が大きければ、章の位置の移動が大きいことを示します。
この差分が同じ値で続く、という場合は、連続した章がまとまって、位置のずれはあっても同じ順序で配置されたことになります。
表1 日本語版と英語版の章の並びの比較
| 日本語版 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 英語版 | 39 | 2 | 48 | 1 | 10 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 差 | -38 | 0 | -45 | 3 | -5 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 |
| 日本語版 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 |
| 英語版 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 40 |
| 差 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 |
| 日本語版 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | ||||||||
| 英語版 | 24 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 49 | 50 | 51 | 41 | 42 | 52 | ||||||||
| 差 | 17 | -1 | -1 | -1 | -1 | -1 | -2 | -2 | -2 | 9 | 9 | 0 |
少しのずれはあるにしても、大まかには、まとまっています。
大きく順番がちがっているところは以下です。
1←39
3←48
5←10
50,51←41,42
つまり、こうです。
英語版の第39章を第1章の位置に大幅に前進させた
英語版の第48章を第3章の位置に大幅に前進させた
英語版の第10章を第5章の位置に前進させた
英語版の第41,42章を第50,51章の位置に後退させた
章の並びを変えた理由として第一に考えることは、アピールしたい章を前に異動して、立ち読みなどでも目につきやすくする、ということでしょう。日本語訳ですから、日本人に対してアピールしやすい内容の章を前に持ってくる、ということになります。
章単位の移動なら、内容を改変したことにはならないでしょう。もともと本書は、「数年にわたって自ら使ってきた思考の道具をまとめたものである」と、"はじめに"と題された前書きで書かれています。
英語版の第39章(日本語版では第1章)には、「この世界が不透明で見通しがきかない」という見方が出てきます。このことは、この後幾度か表現を変えながら出てきます。「世界は私たちが思っているよりもずっと広く、ずっと多彩で、いろいろなものを含んでいる」(第3章)、「世界を完全に理解している人はいない。人間ひとりの脳で理解するには、世界はあまりにも複雑すぎる」(第16章)など。
ですから、この考え方を早いうちに提示しようとした可能性はあります。
でもこのことは、「とくに日本人にアピールする」ものとは考えにくいです。
では、第48章から第3章に大幅に前進させられた場合はどうでしょう。
ここでは、多数のなかから選択するとき、対象を十分に検討してから決定すべき、という内容です。つまり早まって決断してはいけないということです。
これとても、「とくに優先すべき」内容とも思えません。
この二つの章に挟まれた第2章は移動がありません。ここでの内容は、時間をかけてきっちりと計画するよりも、実行に移してからの修正が重要だ、ということを述べています。
これは重要な指摘で、とくに効力を発揮する思考の道具でしょう。
ひとつ前の記事で私が印象的だったとして取り上げた 9つの章は、1, 2, 6, 8, 9, 25, 28, 35, 42の各章です。全体的にほどよく分散しているようです。
ですから、章の順序はさほど影響はしていないようです。
ただし、第8章は、共感できない、として、ネガティブな意味で取り上げたものです。ですから、それを除くと、1, 2, 6, 9, 25, 28, 35, 42の8個の章ということになります。
もっとも、もう一度この本を読んだら、その印象は変わっているかもしれません。なんといっても、著者自身が、「よい本を選んで、続けて二度読む」ということ提案している(第37章)くらいですから。